イスラエルと聞くとまず出る疑問が「危なくないの?」ということだと思います。これまで何度もイスラエルに行っていますが、必ずと言っていいほどこの質問を聞かれるので絶対の自信があります。
その都度「意外と大丈夫ですよ~」なんてゆるっと答えてきましたが、そんなこと言われてもほんとかよって感じだと思うので、データも使いつつできるだけ客観的に回答してみたいと思います。
ややマニアックな内容ではありますが、先日ANAとエルアル航空によるコードシェアの発表があったりと、今後観光やビジネスでイスラエルに行く人は間違いなく増えると思っていますので、イスラエルへの渡航を考えている方には、参考になると思います。
まずは外務省のサイトを確認
まずは外務省の海外安全ホームページで見られる情報を確認してみましょう。
イスラエル全土に渡って少なくとも「レベル1:十分注意」の対象となっています。ガザ地区および北部レバノンとの国境地帯は「レベル3:渡航中止勧告」となっています。
アメリカやヨーロッパに比べると心理的なハードルが高いのは間違いないと思います。ですが、これでイスラエルが候補から外れてしまうのはあまりにももったいない。ということで、もう少し踏み込んで調べてみた結果を紹介します。
分析の前提と注意点
今回の分析にあたり、扱うデータがセンシティブな内容ということもあり、できるだけ誤解をなくす・分析結果がひとり歩きしないよう分析の前提と注意事項を書いておきます。
分析の目的
- イスラエル・パレスチナ旅行を検討している人向けに、観光に役立つ情報を提供すること
- 特定の国・団体を支持する意図、政治的な意図はないこと
使用データ
- データソースは、University of Marylandが保有するGlobal Terrorism Databaseからマニュアルでスプレッドシートに抽出
- 上記データを一部筆者が加工(都市名の表記ゆれを統一、情報の付加)
- データの対象期間は1971年 – 2020年までの50年間分
- データに含まれる種別は無差別攻撃や武力衝突、軍による攻撃などが対象。病気、災害、交通事故などは含まないと思われる
- イスラエルで発生したデータが対象で、パレスチナ (ヨルダン川西岸、ガザ地区)のデータは含まない
注意事項
- 発生した全ての事件を網羅していない可能性がある
- なるべく正しいデータに基づいた分析を心がけていますが、個人による分析のため誤りがある可能性があります。悪しからず。
疑問①:イスラエルでどのくらい事件が起きているの?
まずはイスラエルにおける攻撃の発生件数を年毎に並べました。
年によってばらつきがありますが、どの年もコンスタントに数十件は発生していることがわかりますね。また、大体5-10年周期に発生件数が大きく増加する年があることもわかります。とはいえ、ここ数年で一気に件数が増えたわけでもなさそうです。
仮説:発生件数が特に多い年は軍事衝突によるもの、それ以外は市民を標的にしたパターンがメインか
2008年や2014年など、ところどころ件数が増えているのは、軍事衝突に関連して起きた事件と思われます。グラフの中で攻撃件数が多くなっている箇所をピックアップしてみました。各出来事の詳細は割愛しますが、「こんなことがあったんだな」程度でOKです。
- 1989-1991:第一次インティファーダ
- 2000-2005:第二次インティファーダ
- 2008:ガザ戦争/レバノン侵攻
- 2014:ガザ戦争
上のグラフからは読み取れませんが、おそらくこの年の事件を詳細にみていくと、軍事衝突に起因するものが多いと想定されます。逆に、それ以外の年では一般市民を対象とした割合が多いと思われます。発生件数だけをみると一括りに見えますが、対象者や攻撃のタイプのデータが得られればより詳細な分析ができそうです。
ちなみに、1970年代の発生件数が少なく見えるのは、筆者見解ではデータが正しく取れていなかったためと思われます。実際の件数としてはもう少しあるかと。
疑問②:イスラエルのどこで事件が多く起きているの?
おそらく次に浮かぶ疑問として、「イスラエルのどこで事件が多いのか」ということだと思います。
先程紹介したグラフを地域別に色分けし、もう少し詳細に見られるようにしました。青がイスラエルの中央部、緑が北部、そして赤が南部を示しています。グレーは発生地点が不明なものを残しています。
- 青:中央部 (テルアビブやエルサレムなどを含む)
- 緑:北部 (ハイファやナザレなどを含む)
- 赤:南部 (アシュケロンやスデロットなどを含む)
まず目に入るのが、2000年代前半から、イスラエル南部での発生が一気に増えていることだと思います。聞きなれませんが、イスラエル南部には主にスデロット、アシュケロン、アシュドドといった町があります。観光地というよりは住宅がメインです。
また、赤い色と入れ替わるように、青色つまりイスラエル中央部での発生件数が2002年以降減少しています。緑色のイスラエル北部は、2001年・2002年に発生件数が増加しているものの、南部・北部に比べると少なく、比較的落ち着いている地域と想定できます。
ここから想像できることを、筆者の想像 (妄想)も含めて解説します。
仮説:2000年代以降、中央部の発生件数が減少、南部で増加
南部で件数が増加している理由は、ガザ地区からのロケット弾によるものと思われます。ロケット弾が増えた理由について諸説あると思いますが筆者の仮説は下記です。
- 2005年にイスラエルがガザ地区の封鎖を開始 (パレスチナ人の自由な出入りに制限)
- 2007年に武装組織ハマスがガザ地区を武力支配し、実験を握る
- 自由な出入りができなくなった結果、ガザからロケット弾の飛来が増える
- ロケット弾が主にイスラエル南部の町に着弾するため、南部での件数が増加
なので南部で起きている事例の詳細を見ると、銃撃というよりはロケット弾に起因するものが多いと想定されます。
次に、イスラエル中央部で発生件数が減少している理由についてです。これはイスラエルによる分離壁の建設に関連すると思われます。
仮説:イスラエル中央部での発生件数減少は分離壁の建設と関係あり?
突然、分離壁と言われてもピンとこない方向けに、イスラエルとパレスチナの間には、コンクリートや鉄条網のフェンスでできた壁があります。
![West Bank Barrier in Bethlehem, Palestine](https://one-middleeast.com/wp-content/uploads/2023/08/Separation-Wall-Bethlehem.jpg)
背景は2000年代初頭、両者間の緊張が高まり、治安上の理由からイスラエルはパレスチナとの間に壁を建設し始めました。現在、全長約700kmにもおよぶ壁は、「アパルトヘイトウォール、West Bank Barrier、Separation Wall 」といくつかの名前で呼ばれますが、どれも同じものを指します。
トランプ元大統領がメキシコ国境との間に分離壁を作った件が記憶に新しいですが、このようにイスラエルとパレスチナでも、土地を物理的に分断することで人の行き来が遮断されました。
これがどう攻撃の発生件数に関係するかですが、「壁の建設により両国間の人の流れが分断された結果、たがいに顔を合わせることがなくなり、攻撃・衝突の件数が減った」という説が有力です。イスラエルの人々にとってみれば、安全に暮らせるようになって歓迎というところでしょうか。実際に建設が開始された2000年初頭と、発生件数が減少に転じたタイミングが一致しており、相関関係はあると思います。
しかし一方で忘れてはいけないのが、壁がパレスチナの村や畑を物理的に分断していたり、建設の結果、病院などの生活インフラにアクセスしにくくなったなどの別の問題点もあるということです。
ちなみにこの壁は、エルサレムやベツレヘムでは観光スポットとなっており、訪れることができます。地域ごとの傾向がわかったところで、さらに今度は都市別に見たいと思います。
疑問③:イスラエルのどの街がトップ?テルアビブ、エルサレム、ハイファは?
結局、観光に行きたい我々にとっての関心事は、「どのまちに注意が必要なのか」という点だと思います。
やや情報量が多いですが、2000-2020年までの21年の間に、攻撃の発生件数がトップだった都市をランキング形式で並べています。観光スポットが集中しているエルサレム・テルアビブ・ハイファを色付けしてみました。Unknownは発生地点が不明なデータです。
2000-2009年の発生都市 Top 10
![](https://one-middleeast.com/wp-content/uploads/2023/08/image.png)
2010-2020年の発生都市 Top 10
![](https://one-middleeast.com/wp-content/uploads/2023/08/image-1.png)
2000年代初頭はエルサレム・テルアビブがともにトップでしたが、それ以降は徐々に発生件数が少なくなっていることがわかります。2015年から2017年にかけて、またエルサレム・テルアビブがランクを上げていますが、その後はランクを下げています。テルアビブについては、2019・2020はトップ10圏外、ハイファに至っては2010から2020年までの11年間で2度しかランクインしていません。
このランクを踏まえて多いとみるか少ないと感じるかですが、観光で特に良くいくであろうエルサレム・テルアビブ・ハイファを取り上げて考察してみたいと思います。
仮説:なぜテルアビブ・エルサレム・ハイファで攻撃が起こるか
テルアビブ・エルサレム・ハイファはイスラエルの3大都市です。ゆえに大都市は人口も多い=そのため確率論的に発生件数が多くなるというのは容易に想像がつきますが、それで片付けてしまっては少々乱暴です。それぞれの都市の背景も関係していると思います。
- エルサレム:聖地であることは言うまでもなく知られていますが、エルサレムはいわばイスラエル・パレスチナ両者が隣り合わせで生活しており、物理的に密接につながっています。このため、他の都市に比べて件数が多くなっていると推測できます。
- テルアビブ:エルサレムと違い、テルアビブは聖地というわけでもなければ、パレスチナと直接接しているわけではありません。ただしテルアビブは経済の中心地として、イスラエル中はもちろん、パレスチナ側からも労働者が出稼ぎに来ています。交通のハブとして鉄道の駅や大きなバスターミナルなどがあり、各地から人が集まるため、件数が多くなっていると推測できます。
- ハイファ:レバノン・シリアと国境を接するイスラエル北部全体に言えることですが、近年はイスラエル北部の大きな動きはなく小康状態が続いています。
結論:観光するときに注意すべきポイント
これまでの点を総合して、イスラエルを観光するときのポイントをまとめてみました。
よかったら参考にしてみてください。
- 観光スポットが集中するテルアビブ・エルサレム・ハイファでは、発生件数は0ではないものの近年は少ない。必要以上に恐れる必要はない。現地情勢をニュースなどでしっかりと確認したうえで計画すればリスクをかなり減らすことができます。
- ハイファやナザレなどがある北部は近年は落ち着いており、観光してもリスクはかなり低い。
- 北部は落ち着いているとはいえ、レバノン・シリアとの国境沿いには注意。ゴラン高原やロッシュ・ハニクラに行く予定がある方は注意。
- アシュケロン、スデロット、アシュドドなどのイスラエル南部での観光は注意。とはいえ、観光スポットは多くないため、初めての観光ではほぼ行くことはないはず。
- 南部の観光スポットとしてはベエル・シェバがあるが、イスラエル沿岸の都市にくらべると落ち着いている印象。
今回は攻撃の発生した年や場所の視点から分析してみました。
別の機会には、また違う切り口で分析をしてみたいと思います。